中島歌子 土屋沙良
埼玉ゆかりの歌人。坂戸市に生まれた。
夫との死別後、歌道に専念する。
東京の自宅に歌塾「萩の舎」を開いた。
郷土出身の歌人 中島歌子
中島歌子は明治期の女流歌人である、樋口一葉の師匠として知られ、明治10年に東京都の自宅に歌塾「萩の舎」を開き、上流階級の子女達を指導しました。
中島歌子は坂戸市の森戸に生まれ、18歳で水戸藩士林忠左衛門と結婚しますが、夫は幕末の水戸藩内紛のため25歳の若さで獄中死、わずか3年の結婚生活に終止符を打ちます。
22歳で独りになった歌子は、夫との死別後、歌人の加藤千浪に師事し、書や和歌を学び、自立の道を目指して指導者となりました。やがて才能を発揮し、もっとも輝いた時代を迎えます。
34歳で経営した「萩の舎」は、貴族や名士の夫人・令嬢をはじめとする門下生千人以上といわれ、樋口一葉も入門しました。
税所敦子、鶴 久子と並んで、明治初期の3女流歌人であり、日本女子大学校の教授もつとめました。
歌子の作品集
若き日の日記「常陸帯 上・下」
夫との出会いを詠んだ「枕のちり」
新妻の気持ちを詠んだ「秋の道しは」
夫婦の悲壮な別れを詠んだ「秋の寝さめ」
門下生編集の遺稿集「萩のしつく 上・下」
中島歌子60年の生涯
弘化元年 ▼12月14日 父中島又左衛門 母いくの長女として入間郡森戸村で誕生。「とせ」と命名。1歳前後に牛込揚場町に転居
10~15歳 ▼水戸徳川家の分家、松平屋江戸屋敷の奥勤めに上がる
18歳 ▼水戸藩士の林忠左衛門以(もち)徳(のり)と結婚
22歳 ▼夫獄中死
加藤千(ち)蔭(かげ)に書を、加藤千浪(ちなみ)に和歌を学ぶ
31歳 ▼森戸村名主の兄考三郎の金銭的援助を請う
34歳 ▼歌塾「萩の舎」を開塾
39歳 ▼萩の舎家屋増築
43歳 ▼樋口一葉が入門
48歳 ▼日本女子大学校教授就任
明治34年 ▼肺炎のため死去
60歳
参照サイト
埼玉ゆかりの偉人データベース
http://www.pref.saitama.lg.jp/A12/BE00/ijindatabase/index.htm
坂戸市広報
http://www.city.sakado.lg.jp/resources/content/6372/20080527-143845.pdf
2009年7月10日金曜日
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